豚のインフルエンザ 内 田 裕 子 (国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究部門

豚のインフルエンザに関する 内 田 裕 子 (国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究部門)先生の論文は卓見である。


 豚インフルエンザは,A 型インフルエンザウイ ルス感染により引き起こされる呼吸器疾病であ り,ウイルスの同豚群内での伝播性は高いが,病 原性及び致死性は低く,感染してもほとんどの場 合回復する [1]。他の呼吸器疾病を引き起こす細 菌及びウイルスなどの複合感染により,重篤化す ることもある。


本疾病は家畜伝染病予防法の対象 外であり,豚で本ウイルス感染が確認されても特 に報告義務はない。


日本国内での豚インフルエン ザウイルスに対する考え方と比較すると,米国で は 3 大呼吸器病の 1 つに位置付けられ [2],また, 英国では複合感染を含むが 1 頭当たり約 10 ドル, 年間約 1 億ドルの損失が算出されており [3],重 要な疾病という高い認識の疾病である。


予防方法 として,国内で分離された豚インフルエンザウイ ルス株に対する国産ワクチンと米国で流行するウ イルス株を使用した米国産ワクチンが現在販売さ れている。しかし,国産ワクチンについては 40 年以上前に分離されたウイルス株をワクチン株と して使用していることや,米国産のワクチンにつ いては,米国の流行ウイルスと日本での流行ウイ ルスの抗原性が合致するのかが不明であることか ら,豚インフルエンザウイルス感染症に対してワクチンの接種は必須であるという認識は低い。


し かしながら,これまで豚から人への感染事例や人 でのパンデミックウイルスの出現に大きくかかわ ることが明らかとなっており,公衆衛生上注目す べき疾病である。 A 型インフルエンザウイルスは,ウイルスの表 面にある赤血球凝集素タンパク(HA)とノイラ ミニダーゼ(NA)の抗原性により,HA は 1-16, NA は 1-9 の亜型に分類され,その標記は例えば H1N1 亜型,H5N1 亜型のように示される [4]。 豚インフルエンザでは主に H1N1 亜型,H1N2 亜 型及び H3N2 亜型のウイルスが豚に感染するこ とが知られている [5]。また,A 型インフルエン ザウイルスの遺伝子は 8 分節に分かれており,2 種類の異なるウイルスが同時に 1 つの細胞に感染 した場合,その細胞の中で 2 種類のウイルス由来 の各 8 本の遺伝子分節が組み合わされて再構成さ れた新たなウイルスが出現する。それを「遺伝子 再集合(リアソータント)」と言い,インフルエ ンザウイルスなどに特異的な現象である(図 1)。 豚は,鳥由来及び哺乳類由来のインフルエンザウ イルスが感染可能な受容体を持つことから,様々 な宿主由来のウイルスが感染して遺伝子再集合を起こすことにより,人に感染可能な新たなパンデ ミックウイルスを誕生させることがある。豚はそ のような性質を持つことから,インフルエンザウ イルスの「混合容器 Mixing vessel」とされてい る [6]。


 過去に人でのパンデミック,1957 年のアジア 風邪及び 1968 年の香港風邪を引き起こしたウイ ルスは,人と鳥由来のウイルスが豚において遺 伝子再集合を起こしたことにより出現したウイ ルスが要因となっている [6, 7](図 2-1)。


また, 2009 年のパンデミック H1N1 ウイルス(A(H1N1) pdm09)は,北米で 1990 年代より循環している 豚,人及び鳥由来のウイルスが混合してできた 3 種類の宿主由来ウイルスの遺伝子再集合ウイル ス(トリプルリアソータントウイルス)と,1979 年以来ヨーロッパで循環している鳥由来の豚イン フルエンザウイルスが遺伝子再集合を起こして出 現したウイルスであることが知られている [8](図 2-2)。


また,パンデミックには至らなかったが, 1976 年 2 月初旬に米国ニュ-ジャ-ジ-州の陸 軍訓練基地 Fort Dix において,兵士の間で豚イ ンフルエンザウイルスの集団発生が報告されてい る [9]。豚インフルエンザウイルスは時折豚から 人に感染することはあるが,その後人から人へ伝 播して実際の集団発生に至った例は,過去に認め られたことはなかった。このウイルスは 1918 年 に大流行して世界中で 2000 万人以上の死者をも たらしたスペイン風邪のウイルスと抗原性が類似 していたことから,パンデミックに至るかどうか が懸念された。しかし,患者 12 名,死亡 1 名, 推定感染者 500 名の集団発生で終わり,パンミックには至らなかったという報告がある。 


世界中で循環している豚インフルエンザウイ ルスの状況について,2009 年の A(H1N1)pdm09 の出現以前は,1918 年に世界中で流行したスペ イン風邪由来の古典的 H1N1,H1N2 及び H3N2 亜型の豚インフルエンザウイルスが優勢であっ た [10]。2009 年以降はそれらに加え,A(H1N1) pdm09 も人から豚に感染し,豚群の中に入り込 み安定的に検出されるウイルスとなった。また, A(H1N1)pdm09 ウイルスと 2009 年以前に循環し ていたウイルスとの遺伝子再集合ウイルスも検出 されている [11-13]。古典的 H1N1 亜型豚インフ ルエンザウイルスは 1930 年に北米で初めて分離 されたウイルスであり,1970 年代には世界各国 の豚の間で循環していることが知られている [10, 14]。ヨーロッパでは鳥由来の H1N1 亜型豚イン フルエンザが 1979 年以降安定して循環している が,アジアにおいて初めて鳥由来 H1N1 亜型豚 インフルエンザが検出されたのは 1993 年の中国 で,その他鳥由来の遺伝子分節が含まれる遺伝子 再集合した H1N1 亜型豚インフルエンザウイルス は,タイ,韓国及びベトナムでも報告されている [10, 15-18]。H3N2 亜型豚インフルエンザウイル スは人の季節性インフルエンザウイルスが豚に感 染したものであり,世界中で検出されている。一 方,鳥由来 H3N2 亜型豚インフルエンザウイルス は 1970 年代にアジアで数例報告されている [19, 20]。また,1998 年には北米で,人の季節性イン フルエンザウイルス,古典的 H1N1 亜型豚インフ ルエンザウイルス及び鳥由来のウイルスが混合す るトリプルリアソータント H1N1 亜型及び H3N2 亜型豚インフルエンザウイルスが,さらにそれら のウイルスが遺伝子再集合してトリプルリアソー タント H1N2 亜型豚インフルエンザウイルスが出 現し,それらについては未だ北米で循環している 状況である [21]。 豚インフルエンザウイルスは,1918 年のスペ イン風邪由来古典的 H1N1 亜型が半世紀以上主 流であったが,散発的に人の季節性インフルエ ンザウイルスである A/H1N1 ソ連風邪及び A/ H3N2 香港風邪ウイルスが豚に侵入して流行して いた。我が国では 1980 年以降,それ以前に存在 していた古典的 H1N1 亜型豚インフルエンザウ イルスと,A/H3N2 香港風邪ウイルスとの遺伝子 再集合ウイルスである H1N2 亜型豚インフルエ ンザウイルスが出現し,その後このウイルスは古 典的 H1N1 亜型豚インフルエンザウイルスに取っ て代わり,香港風邪由来 H3N2 亜型豚インフル エンザウイルスと共に,主な流行ウイルスとし て今も循環している状況である [22-25]。2009 年 以降,A(H1N1)pdm09 ウイルスも豚群に侵入し, A(H1N1)pdm09 そのものや,A(H1N1)pdm09 と 豚で本来循環しているウイルスとの遺伝子再集合 ウイルスも報告されている [26, 27]。 2015 年から 2019 年の間,北海道から九州の 1 道 20 県の養豚場において,アクティブサーベイ ランスとして 7133 検体の鼻腔スワブを採取,ま た病性鑑定として肺乳剤を回収しウイルス分離を 行ったところ,1 道 11 県において 424 株の豚イ ンフルエンザウイルスを検出している [28](図 3)。アクティブサーベイランスでは,ウイルス 分離率は 5.2%(370/7133)であった。

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